2024年8月27日火曜日

統計から考える高齢登山者のリスク

 

こんなツイートをした。


死亡・行方不明者は50歳以上だけで83%を占める、高齢登山者のリスクは顕著に高いということがいえそうなので、高齢登山者への安全啓発が必要なのではないか……ということを続けて書いている。


これが思いのほか拡散され、多くのご指摘・ご意見をいただいた。いわく「高齢登山者の数が多いだけなのではないか」「高齢者には山菜採りの事故が含まれているのではないか」「遭難率としては若者のほうが高いのではないか」などなど……。


書いたことはジャストアイデアもしくは仮説のようなことで、厳密に詰めて考えたものではなかったのだが、これだけ拡散されると、もう少しちゃんと考えないといけないなと思った。


そのなかで最重要な検討事項は「高齢登山者の数が多いだけなのではないか」ということ。高齢登山者の数が多ければ、それに比例して死亡・行方不明などの事故数が増えるのも当然……というわけだ。そこはわかっていたのだが、全登山者の年齢別人口のデータを持っていなかったので、自分の印象を書くにとどめていた(50歳以上の登山者が5割、それ以下が5割と見積もった)。


そうしたら、いただいたリプライのなかで、総務省統計局の統計を教えてくれた方がいた。私は登山者人口のデータというとレジャー白書のものくらいしか知らなかったのだが、統計局の統計を見ると、かなり細かく登山者のデータをとっている。そこには年齢別データもあった。


そこで、この統計(令和3年社会生活基本調査)を使って、さらなる検討を加えてみることにした。その結果が以下である。




登山者人口は860万人!


統計局の調査によれば、登山者の全人口は約860万人。レジャー白書では500万人ほどになっているので、ずいぶん多い印象だ。年齢別に見ると、以下のようになる。


10代:75万人

20代:105万人

30代:120万人

40代:170万人

50代:156万人

60代:126万人

70代:92万人

80代以上:17万人

総数:861万人


50歳未満が470万人で約55%、50歳以上が391万人で約45%。おお、自分の見積もりはいい線突いていたじゃないかと悦に入ることができた。


これを割合(%)表示にして、死亡・行方不明者の割合と比較するとこうなる。


10代:8.8%(死亡・行方不明者0.9%)

20代:12.2%(同2.5%)

30代:13.9%(同4.5%)

40代:19.7%(同8.8%)

50代:18.1%(同13.7%)

60代:14.6%(同26.9%)

70代:10.7%(同30.2%)

80代以上:2%(同12.4%)


20代から70代まで年代別の人口比はほぼ均等に10%台に収まっているのに対して、死亡・行方不明者の割合は60代・70代で顕著に跳ね上がっている。やはり高齢登山者は危険度が高い……といえそうなのだが、総務省の統計には他にも興味深いデータがあった。それは1年間の登山日数だ。



高齢者は山行日数が多い


統計では、1年間に何日登山に行ったかということまで調べていた。1年に1~4日/5~9日/10~19日/20~39日/40~99日/100~199日/200日以上の7段階に分け、それぞれ年齢別に数を出している。


これを見ると、高齢者、とくに60代と70代は他の年代に比べて山行日数が多い人が多い。年に1~4日という人の数は、50歳未満:50歳以上が6:4の割合なのだが、5~9日になると5:5になり、20~39日は1:3、200日以上で3:7となる。高齢者はよく山に行っているという傾向が明らかだ。


年に1日しか山に行かない人と100日行く人では、後者のほうが、1年のうちに事故に遭う可能性が高いことは自明。となると、山行日数と死亡・行方不明者数を比べるのが最もフェアといえるだろう。


そこで、年代別に1年間の山行日数を計算してみた(統計では1~4日などと幅があるので、間の数字をとって計算)。その結果得られた、1人あたりの年間平均山行日数が以下である。


10代:5.6日

20代:4.6日

30代:5.9日

40代:6.0日

50代:7.6日

60代:10.5日

70代:15.1日

80代以上:11.5日


こうしてみると、60代以上の山行日数が顕著に多くなっていることがはっきりする。


さらに、のべ山行日数を年代別に出し、そのボリュームを%で表示すると以下のようになる。


10代:6.3%

20代:7.1%

30代:10.5%

40代:15.3%

50代:17.6%

60代:19.8%

70代:20.6%

80代以上:2.8%


総人口では50歳未満:50歳以上=55:45だったが、総山行日数では40:60と逆転する結果になった。


最後に、これに死亡・行方不明者の割合を合わせてみよう。


10代:6.3%(死亡・行方不明者0.9%)

20代:7.1%(同2.5%)

30代:10.5%(同4.5%)

40代:15.3%(同8.8%)

50代:17.6%(同13.7%)

60代:19.8%(同26.9%)

70代:20.6%(同30.2%)

80代以上:2.8%(同12.4%)


単純な総人口と比べたものからは少し差が縮まった印象だ。


ということで、登山者数と山行日数をかけあわせて改めて検討した結果としては;

高齢登山者は他年代より山に行く回数が多いので、それにともなって事故数も増える

・ただし、高齢登山者が若年登山者と比べて危険度が高いことは間違いない

――ということがいえるように思う。



統計疲れましたが面白いです


数字ばかり扱ってきて疲れた。頭パンクしそう。もし計算が間違っていたり数字の解釈がおかしかったりする箇所があったら、コメント欄で教えていただけると幸いです。


統計局のデータ、仔細に見るとなかなか面白いです。1年に200日以上も山に行く75~79歳が5000人もいることなどがわかります。六甲山で毎日登山している人などでしょうかね。


それから、年に1回でも登山にいけばこの統計にカウントされるので、友人や家族に連れられてたまたま1回行っただけとか、学校登山とか会社の合宿とかの人も入っていると思われます。それに対して、年に5~9日以上行っている人は主体的に登山を楽しんでいる、いわゆる登山愛好家といえる層になると思います。その人たちの数は約257万人。実態的な意味での「登山者数」はこちらの数字になるんじゃないか……なんてこともわかります。


あと、登山だけでなくていろいろなスポーツについて同様な統計をとっていて、そのなかにはクライミングもあります。「登山系」という名称になっていて、キャニオニングやシャワークライミング(沢登り?)などと合算されていますが、その総人口は約10万人になっています。インドアクライミングの人口は50万人といわれることも多いので、ちょっとこの10万人という数字は少なくないか?と疑問が湧きますが、どうなんでしょうかね。


ちなみに基にしたデータは以下からとりました。統計局の統計はエクセルデータをダウンロードしないと見られず、しかも大した説明もないので最初は面食らいますが、根気よく探せばわかると思います。


e-Stat 令和3年社会生活基本調査


警察庁 山岳遭難・水難



2024年8月23日金曜日

「遭難したときに家族はどう動くべきかマニュアル」を作ろう


先日、このようなツイートを見かけました。私もこういうものを作らねば作らねばと思いつつ、面倒でずっと放置してしまっていたので、これを機会に自分用の「遭難したときに家族はどう動くべきかマニュアル」を作りました。


以下がその内容です。


「『山で遭難したときの対応マニュアル』のイメージ画像を生成してください」とGrokに指令したところ出てきた画像



遭難したときの対応マニュアル

1) 帰宅予定日の翌日13時になっても何の連絡もない場合、遭難したと見なしてください


2) まずはメールで送ったコンパスの登山届を開いてください

  

3) 居場所確認アプリ(いまココ)を開いて、居場所を確認してください

  

4) 同行者がいる場合は、同行者本人もしくは同行者の緊急連絡先に電話して、状況を確認してください(連絡先は登山届に書いてあります)

  

5) 同行者に連絡がつかない、もしくは状況が確認できない場合は、110番に電話して「夫が山で遭難したようだ」と伝えてください

  

6) 単独の場合は、4)5)を省略して110番に電話してください

  

7) 行方がわからない場合は、110番に連絡後、ココヘリにも電話してください

  TEL.XX-XXXX-XXXX 

  ココヘリID:XXXXXX-XXX/パスワード:XXXXXXXX

  

8) 警察等から費用的なことを聞かれたら「問題ないのですべてお願いします」と答えてください

  

9) 以降は、警察の指示に従ってください

  

 【憲一は以下の保険に入っています】

■XXXXXXXXX……救援者費用XXX万円補償 (会員番号:XXXXXXXX)

■XXXXXXXXX……生命保険・傷害保険 (証券番号:XXXXXXXXX)



以下、内容を解説します。


1)遭難と見なす条件を(時間等で)明確に示しておくこと。これはとても重要です。「連絡がなかったら遭難したと思ってくれ」などと伝えていたとしても、それは連絡がつかなくなってから何時間後にそう判断すればよいのか。家族(特に登山を知らない人)には判断できないからです。

この項目に限らず、家族に考えさせないように、できるだけ具体的かつシンプルに記すことが大切だと考えています。なにしろ緊急事態なわけです。冷静に頭が働くことは期待できません。家族が登山を知っている人ならば、ある程度考えることもできますが、そうでないならば、やるべきことなどまったく思い浮かばないはずなのです。

注意点としては、日時の設定。私は「帰宅予定日の翌日13時」をタイムリミットに設定しましたが、ここは各人の事情に応じてよく考えて決める必要があります。

早期の救助を期待するならば早いほうがいいわけですが、あまり早くしすぎると、電話ができないエリアにいて下山が遅れているだけなのに、捜索隊が動き出してしまうことが考えられます。

私の場合、携帯圏外でビバークになってしまって、翌朝動き出して通話圏内に入ってから家族に連絡をする……というパターンが考えられます。この場合、リミットを8時くらいに設定してしまうと早すぎると考えました。そこで少し余裕をもたせて13時としています。

昔はもっと遅く設定していました(帰宅予定日の翌日23時くらい)。しかし携帯通話範囲が広がった現在、半日行動しても通話圏内に入らないケースは多くないと思うので少し早めました。



2)3)7)は、あくまで「私の場合」です。登山アプリや捜索サービスを使っていない人はここは不要になります。

いずれにしても、登山計画書を家族や知人に渡していくのは必須。これが救援・捜索のすべての手がかりになるので。もちろん紙のメモなどでもOKです。

ちなみに、他者や110番に連絡する前に2)3)を行なうようにしているのは、登山の情報がある程度頭に入っていないと、人と話すときに要領を得ないおそれがあるからです。たとえば警察に「ご主人はどういうルートで登る予定でしたか?」と聞かれても、その情報がまったく頭に入っていなければ、その場で計画書をガサガサ探すことになり、お互いに無駄な時間を消費することになってしまうわけです。



4)5)6)は、ほとんどの人・ケースで共通でよいと思います。

通報先は私は110番にしています。119番にも通報すべしという人もおりますが、やることを増やすと素人の家族が混乱するので、できるだけシンプルにしています。

細かいことをいえば、「同行者本人もしくは同行者の緊急連絡先に電話」という部分にも意図があります。「同行者本人もしくは同行者の緊急連絡先に連絡してください」という文面だと、家族は「連絡? えーっと……どうやって連絡すればいいんだ?」などと思ってLINEやメールアドレスを探してしまったりすることもあり得ます。そんなこと……と思うなかれ。緊急事態に陥った人は本当に頭が働かないものなのです(経験あり)。

やるべきことは可能なかぎり具体的に記す。書いてあることを考えずにそのまま実行すればOKというマニュアルが理想です。



8)は、警察から「民間の救助隊に救援をお願いしようと思いますがいいですか」などと聞かれた場合のためです。

これは費用が発生することを意味するわけですが、登山をしない人はそれがいったいいくらくらいになるものなのか見当もつきません。いくらかかっても助けてほしいという気持ちはありながら、あとで何千万円と請求されたらどうしようという思いが頭をよぎることもあるでしょう。そういう余計な迷いや心配を家族に与えないように「すべて問題なし」と答えよ、としています。私の場合、山岳保険やココヘリで救助費用はカバーできるようにしてあるので、実際問題ないわけです(保険に入っていない人はこの限りではないけれど)。



最後に、自分が入っている保険の情報を加えておきました。死んだり意識不明になってしまった場合、家族が必要な情報だからです。これは山岳保険だけではなく、一般の生命保険などの情報も同様。



さらに。

マニュアルを作った後、家族(マニュアルをわたしておく人)に一度見せることを強くおすすめします。すると、「これは何?」とか「このときはどうすればいい?」などの疑問が出てくると思います。そこはまさに、家族が判断できずに迷うポイントになってしまっているはずです。このフィードバックをもとに修正しておくことをぜひおすすめします。



これ作ろうとして気づいたのですが、手本にできるような既存のマニュアルがほとんどありません。考えてみたら、登山雑誌などで「遭難したときに家族はどう動けばいいか」というテーマで作られた記事を読んだ記憶もありません。

「登山計画書の作り方」は既存のひな形がいくらでもあるし、それをテーマに書かれた記事は山のようにありますが、「家族がどうしたらよいか」という知識・ノウハウはほとんど積み重ねられてきていないのです。

ですがこれ、登山計画書を作ることに匹敵するくらい大切なことなんじゃないでしょうか。登山界はなぜここに注目してこなかったのか。自分でも不思議に思うくらい、重要情報のエアポケットがここに発生してしまっているように感じました。

私が作ったマニュアルも、お手本なしにイチから考えて作ったものです。なので見落としや改善点があるかもしれません。もし何か気づくことやアイデアがあったら、コメント欄で教えていただけると嬉しいです。

私のマニュアルをコピペなりして活用もジャンジャンしていただいてかまいません。運用するなかで気づいたことなどがあれば、それもまたコメント欄に書き込んでいただけると幸いです。