2019年11月3日日曜日

オリンピックのスポーツクライミングに大問題勃発

クライミング協会、代表選考巡りCASに提訴(写真=共同)


東京オリンピックのスポーツクライミング競技が大混乱に陥っています。


オリンピック代表選手の決定方法をめぐって、日本の協会(JMSCA/日本山岳・スポーツクライミング協会)と、国際スポーツクライミング連盟(IFSC)が食い違いを起こし、スポーツ仲裁裁判所という機関での法廷闘争に発展しようとしているのです。


現在、オリンピック代表入りを目指してがんばっている選手が何人もいますが、この騒動の行方次第では代表への道が絶たれてしまう選手もいるのだから、これは大きな問題です。


東京オリンピックの代表決定方法はけっこう複雑で、私も正確に把握しないまま、これまでJMSCAの発表を鵜呑みにしてきました。が、この機会にちょっと整理してみました。


まずは原典にあたる必要があります。以下は、IFSCが定めた、オリンピック選手選考システムの規約です。ここに書いてあることを前提にしながら、話を進めていこうと思います。


QUALIFICATION SYSTEM – GAMES OF THE XXXII OLYMPIAD – TOKYO 2020

第32回オリンピック競技大会(2020/東京)選手選考システム(上記の和訳)





東京オリンピックには何人出られるのか

・男女各20人が出場可能
・20人のうち1人は開催国枠
・20人のうち1人は三者委員会招待枠
・ひとつの国から最大2人(男女合わせて最大4人)出場できる


選手数規定の要点は上記のようなところです。


日本は開催国枠として男1人+女1人は出場できることがすでに確定しておりますが、これは各国ごとの上限人数に含まれるので、日本だけ5人以上出場できるということにはなりません。他国と同様、最大で男2人+女2人までです。



「三者委員会招待」というのは詳細が書かれていないのでわかりません。選考に漏れた選手のなかから、最終的にIFSC権限で出場させたい人を1人選ぶということなのかな?




どうやって出場選手を選ぶのか

選手は以下の大会のどれかに出場することが条件になっています。


1)世界選手権(2019年8月/すでに終了)

2)オリンピック予選大会(2019年11月28日~12月1日/フランス・トゥールーズ)

3)大陸別選手権(アフリカ・アジア・ヨーロッパ・パンアメリカン・オセアニアの計5エリアで、2020年2~5月に開催される)


各段階において、以下のように選考方法が定められています(男女とも同じ)。


1)世界選手権……上位7人までに入るとオリンピック出場権を得られる。

2)オリンピック予選大会……世界選手権でオリンピック出場権を得た選手をのぞいたワールドカップランキング上位20人がこの予選大会に出場できる。ここで上位6人に入るとオリンピック出場権を得られる。

3)大陸別選手権……優勝者がオリンピック出場権を得られる。優勝者が1か2ですでに出場権を得ている選手だった場合は、次点選手を繰り上げ。


7+6+5(大陸別選手権優勝者は5人いるので)=計18人
これに開催国枠1人と三者委員会招待枠1人を加えて、計20人が、オリンピック出場選手となります。


注意点としては、各国ごとの上限人数。たとえば世界選手権で7位以内に入っても、同じ国の選手が上位に2人いたらオリンピック出場権は得られません。実際、世界選手権で日本は男子・女子ともにそういう状況になりました。




JMSCAとIFSCの言い分

8月の世界選手権の結果は以下のとおりです。


男子名前
1位楢﨑智亜日本
2位ヤコブ・シューベルトオーストリア
3位リシャット・カイブリンカザフスタン
4位原田 海日本
5位楢﨑明智日本
6位藤井 快日本
7位ミカエル・マエムフランス
8位アレクサンダー・メゴスドイツ
9位ルドビコ・フォッサリイタリア
10位ショーン・マッコールカナダ

女子名前
1位ヤーニャ・ガンブレットスロベニア
2位野口啓代日本
3位ショウナ・コクシーイギリス
4位アレクサンドラ・ミロスラフポーランド
5位野中生萌日本
6位森 秋彩日本
7位伊藤ふたば日本
8位ペトラ・クリングラースイス
9位ブルック・ラブトゥアメリカ
10位ジェシカ・ピルツオーストリア


・上位7人まで
・ただし1国につき2人まで
という規約を文面どおりに当てはめると、この世界選手権でオリンピック出場権を得た選手は以下のようになります。


男子名前出場権
1位楢﨑智亜日本
2位ヤコブ・シューベルトオーストリア
3位リシャット・カイブリンカザフスタン
4位原田 海日本
5位楢﨑明智日本
6位藤井 快日本
7位ミカエル・マエムフランス
8位アレクサンダー・メゴスドイツ
9位ルドビコ・フォッサリイタリア
10位ショーン・マッコールカナダ


女子名前出場権
1位ヤーニャ・ガンブレットスロベニア
2位野口啓代日本
3位ショウナ・コクシーイギリス
4位アレクサンドラ・ミロスラフポーランド
5位野中生萌日本
6位森 秋彩日本
7位伊藤ふたば日本
8位ペトラ・クリングラースイス
9位ブルック・ラブトゥアメリカ
10位ジェシカ・ピルツオーストリア


これが、現在、IFSCが主張している結果です。日本人は男女ともにすでに上限の2人が埋まったので、これで最終決定といいます(JMSCAによれば「新解釈」と呼ばれるもの)。


それに対してJMSCAが主張しているのは、日本人で出場権を得たのは、男子は楢﨑智亜、女子は野口啓代のみで、他はまだ未定だとするもの。


これだけ聞くと、IFSCの言うことのほうに理があるように思えます。


ただし、JMSCAが主張する決定方法は、すでに今年5月に発表されており、それはIFSCも理解していたはず。JMSCAの方法は本来の規約の拡大解釈と読める部分もあるのですが、JMSCAによれば、IFSCと何度も協議を重ねて問題がないことを確認したうえで作成したものといいます。


このJMSCAの決定方法をIFSCが認めていた証拠もあります。




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これは、男子10位のショーン・マッコールと、女子10位のジェシカ・ピルツが、世界選手権直後に更新したインスタグラム。「オリンピック決まったよ」と報告しています。


IFSCが主張するとおりなら、このふたりはオリンピックの出場権は獲得できていないはず。


つまり、少なくとも世界選手権直後の段階では、原田海と野中生萌の出場権は決定しておらず、JMSCAの主張のとおりに物事は進んでいたのです。




ねじれはどこにあるのか


いったいなぜこんなことになっているのか。


関係者に事情を聞いたわけではないので、ここから先は推論になりますが、問題の核心は「事前協議」の内容にあるのではないでしょうか。


JMSCAは、代表決定方法についてIFSCと協議を重ねて作成したと言っておりますが、そこでどんな話を、だれと、どのような形で行なったのか。そこに今回の問題のカギがあるように思えます。


ひとつ考えられるのは、口頭でのやりとりしかしていなかったのではないかということ。書面等で明確に残していなかったため、IFSCの態度にブレが生じてしまっているのではないか。あるいは、JMSCA側になんらかの誤解などがあった可能性もあります。


【2019/11/3追記】
上記の可能性はほぼないということが判明しました。


ともあれ、こうなった以上、行く末は、スポーツ仲裁裁判所の調停を見守るしかなさそうです。






それにしても、IFSCも、原田・野中が代表決定とあくまで主張するなら、ぬか喜びさせてしまったショーン・マッコールとジェシカ・ピルツへの対応はどうするんでしょうね。ふたりはすでに来年のオリンピックに照準を合わせていて、今月末のオリンピック予選大会の準備などしていないでしょうし。


今後の大会で結果を出してオリンピックに出たいとがんばっていた日本の他の選手も本当に気の毒です。じつはつい数日前、その対象選手のひとりにインタビューしたばかりで、オリンピックへの抱負をいろいろ聞いたところでした。その人がいま何を感じているかと考えると、私自身も気が重いです。


記者会見でJMSCAは「大人の事情で混乱させられ、出られるか出られないかわからない状況になった。選手には申し訳ない」とコメントしたそうです。個人的にこの言葉には、JMSCAの誠意を感じました。選手の情熱が空振りで終わることがないように、解決に全力を尽くしてほしいと願うばかりです。