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2016年3月4日金曜日

BEYOND TRAIL マイトリー・カルナー


『BEYOND TRAIL マイトリー・カルナー』という写真集を買いました。


トレイルランニングをテーマにした写真集で、一昨年、マッターホルンで行方不明になった相馬剛さんというトレイルランナーをテーマにしたものです。


いわゆる私家版というかたちなので、書店などでは買えません。藤巻翔という知り合いのカメラマンが作っているらしいというのは、なんとなく風の噂で聞いていましたが、先月末に完成したというわけです。


藤巻くんというのは、アウトドアスポーツに強いカメラマンで、なんというか、「熱」を感じる写真を撮る男です。その熱を通じて、被写体の心の内が聞こえてきそうな写真というのか。ファインダーを通して人の心に焦点を当てているかのような彼の写真は、私はかなり好みなのです。


写真集は、藤巻くんだけでなく、計11人のカメラマンの作品が集められています。中身も見ないうちから、これは買いだなとポチってしまいました。


期待に違わず、とにかく気合いの入った写真が並んでいました。現在の日本のトレイルランニングのベストカットがここに収録されています。私はトレイルランニングはやらないし、とくに詳しくもないけれど、それでもグッとくるとても上質な本です。3000円は全然惜しくありませんでした。




で、本を手に入れるまで知らなかったのですが、山本晃市という男が編集を担当したようです。この男、じつは山と溪谷社でも枻出版社でも、机を並べて仕事をした仲で、しかも同い年。非常によく知っている男です。本の作りにまったく素人くさいところがなかった理由がこれでわかりました。


もっぱら「ドビー山本」の名で知られている彼がこの世界にかかわり始めたのは13年前。山と溪谷社で『アドベンチャースポーツマガジン』という雑誌を作り始めたときでした。


ドビー自身はトレイルランニングなぞまったくやらないただの酒飲みなのですが、たぶんこの世界の人たちの純粋さに感じるものがあったんでしょうね。トレイルランニングなんてだれも知らないような時代から、ひとりでこつこつと雑誌を作っていました。


どマイナーな雑誌だった『アドベンチャースポーツマガジン』を、かなりな広告収入が入る雑誌にまで育て上げた末に山と溪谷社を去ることになったのですが、ドビーなきあとの山と溪谷社ではこの雑誌をうまく運営できなかったようで、ほどなくしてなくなってしまいました。


彼は自分アピールをする男ではないので、あまり知られていないかもしれませんが、現在のトレイルランニングメディアの土台を作ったのは間違いなく彼です。それは雑誌を作っただけではない。彼は人材育成にも長けていたのです。


この写真集にも名を連ねている柏倉陽介や亀田正人といった、今をときめくアウトドアカメラマン。彼らは、ドビーがいなかったら今カメラマンをやっていたかどうかわかりません。彼らが大学を出たばかりで仕事のないフリーターのようだったころ、ドビーは自宅に泊めてメシを食わせてやりながら雑誌仕事を手伝わせていました。


そのうち、どうもふたりは写真が撮れるようだと気づいたドビーは、積極的に誌面で彼らの写真を使いました。当時としては大抜擢といっていい使い方だったと思います。そこで自信をつけた柏倉と亀田は、プロのカメラマンとして活動するようになっていったのです。


このふたりだけではない。11人のカメラマンのひとり、宮田幸司もそうです。スポーツカメラマンだった宮田さんをトレイルランニングの世界に引き込んだのはドビーでした。藤巻翔だってそのひとりといえると思います。


つまり、現在のトレイルランニング写真に欠かせないカメラマンの多くは、ドビーが育てた、あるいはドビーが発見した人材なのです。カメラマンにかぎらず、ドビーはそういう、人を巻き込む力に長けた男でした。




この写真集には、13人のトレイルランナーが文章を寄せてもいます。石川弘樹、鏑木毅、横山峰弘、山本健一、望月将悟、奥宮俊祐などなど……。いずれも、ひとりでもキャスティングできれば、雑誌の特集が成立するようなトップランナーばかりです。その人たちがこれだけそろって私家版の一冊に協力しているのは、第一に相馬剛さんのためでしょうが、ドビーが手がけていなければあり得なかったことだとも思うのです。


ドビーは見た目からはあまり想像できませんが、ドラマチックなビジュアルセンスに優れた男で、彼の作る誌面はいつも躍動感がありました。この本もそうです。ジェラシーを感じます。おれもぼけっとしてられないなと刺激を受けました。


写真集の詳細はこちらに。

Fuji Trailhead

ぜひ見てみてください。






【3月14日追記】

とてもすばらしい話を聞きました。


この写真集の印刷・製本を行なっているのは、大日本印刷と三共グラフィックという会社なのですが、これは、大日本が『アドベンチャースポーツマガジン』、三共は、ドビーがアドスポのあとに枻出版社で作っていた『トレイルランニングマガジン(タカタッタ)』の印刷・製本を行なっていた会社なのです。


両社は、この写真集の趣旨に賛同し、通常ではありえない「共同印刷製本」を行なったそうです。そんなの聞いたことがない。


本というと、書き手やカメラマン、出版社ばかりがクローズアップされて、印刷業者にスポットがあたることはまずないのですが、本の制作の裏側で彼らが果たしている役割は、きっと一般の人が想像する10倍くらいあります。


とくに、写真の発色などは職人ワザといえる領域で、どこ(具体的にはだれ)が手がけるかによって、「これ同じ写真?」というくらい変わってきます。写真を生かすも殺すも印刷業者次第。それくらい重要なパートなのです。


そんな彼らが異例のタッグを組んだというのは、なにかとてもグッとくる話でした。

3 件のコメント:

  1. 山本さんって、そういう経歴の方だったんですね。タカタッタの頃に何度かお仕事をご一緒させていただきましたが、とてもジェントルで仕事もスムースでありがたかったです。同年代だったとは……。
    久しぶりに山本さんのお名前とお仕事を拝見できたことも、この写真集を買ってうれしかったことのひとつでした。

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    1. 仕事をご一緒……というと、私も知っている人かな? と考えていましたが、今わかりました! ドビーは私と違って進行管理もすばらしいんですよね。編集者として私より能力は全然上だと思います。

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  2. わかっていただけてありがとうございます(笑)。
    森山さんとのお仕事も丁寧でありがたかったですよ! むしろこちらが何かとご迷惑おかけしていたと思います……

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