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2016年3月19日土曜日

編集人生最大のリライト

先日、平山ユージさんの文章のことを書いたときに、リライトについて少しふれた。これについて思うことがあるので書いておこう。


私が以前編集をしていた『山と溪谷』という雑誌は、私がやっていた当時は書き手の7割がアマチュアだった。プロのライターは3割。いや、もっと少なかったかな? 執筆をお願いする人は、登山家であったり、カメラマンであったり、山岳会の書ける人であったり。ショップや山小屋の人に書いてもらうことも少なくなかった。


彼ら彼女らの書く文章は、当事者であるだけにビビッドで臨場感があるのが最大の魅力。それに対してプロライターの書く文章は読みやすく整っているけれど、よほどうまい人でないと「熱」が伝わりにくい。当事者が書くのと取材したプロが書くのとどちらがいいのか。これは私の中で結論は出ていない。ケースバイケースということなのだと思う。


それはともあれ、アマチュアの書く文章というのは、「文章」としては当然、難が多い。それを読者にわかりやすく整えるのが、当時の『山と溪谷』編集部員の大きな仕事だった。つまりリライトである。


私がこれまで行なったリライトで最もすごかったものは、ある山小屋の主人に書いてもらった原稿である。2500字という依頼だったのだが、送られてきた原稿は箇条書きが10行! 当然、これではどうしようもないので、私は主人に電話をかけた。


「原稿いただきました! ……が、さすがに少なすぎて記事にならないので、もうちょっとふくらましていただけないでしょうか?」

「やっぱりあれじゃだめですか……」

「ええ……。こちらでフォローもできるんですが、それにしても、もうちょっと分量がないと……」

「いろいろ考えたんですが、あれくらいしか思いつかなくて、編集部でなんとかならないでしょうか」

「(ううっ!)いやー……。なにかもうちょっとエピソードなどあればなんとかなるんですが、10行ではさすがに……」

「そういえば、先日取材で来られた○○さん(編集部の同僚)が、いろいろ聞いていかれました」

「(その話を聞いてこちらで書いてくれってことか)ああ……、はあ……」


こんなやりとりをしばらく交わした末、これ以上文章を書いてもらうことは難しそうだと判断した私は、思い切ってインタビューに切り替え、10ポイントの箇条書きについて、詳しい話を掘り下げて聞くことにした。それをもとに自分で作文しようと決断したのである。


取材で訪ねたという同僚に聞いた話も参考にして、私はリライト(?)にとりかかった。主人は素朴な人柄で、ひとりで小屋を切り盛りしているという人物。へんにこなれた文章にしてしまうと違和感があると考え、わざとぎくしゃくした文章を作ったりもした。結果、素材(主人と小屋のエピソード)がよかったこともあって、なかなかいい文章が仕上がった。


確認のため、主人にファクスで送る(90年代はファクスと郵便が原稿やりとりの中心手段だった)。主人の返事はこのひとこと。


「すばらしい校正ありがとうございました」


これって校正というのか? と思いつつ、その主人に憎めない人柄を感じていた私はそのまま校了。思わぬ苦労はしたけど、なにか清々しい思い出となった。


その文章、後年、単行本化されて以下の本に掲載されています。どこの小屋の文章か探してみてください。わかるかな?




ちなみにこれ、1月にひとつの山小屋を取り上げて、そこで働いている人に書いてもらうという連載でした。地味なモノクロページだったのですが、どういうわけか読者の反響がよかったのです。やっぱり当事者の書く文章には力があるということの証だったのでしょうか。


……プロでない書き手の文章一般のことを書こうと思っていたのだけど、山小屋主人のリライトの思い出が強烈すぎて長くなってしまったので、また今度。

2016年3月16日水曜日

平山ユージの文章とウェブメディアの編集

Climber’s Story#01 / クライミングを変えた、ひとりの男


レッドブルのウェブにこんな記事を書きました。
その続きとして、平山ユージ本人も書いています。


Climber’s Story#02 / 平山ユージが語る、日本の山


ユージさんは意外と(失礼)読書家で、文章を書くのも好きらしく、実際けっこう書けます。『ROCK & SNOW』の編集をやっていたころはよく書いてもらっていました。今回のレッドブルウェブの記事はユージさんにしてはいまひとつに思いましたが、本当はもっと書ける人です。


ROCK&SNOW時代、1000字で依頼した原稿をなんと10000字書いてきたことがありました。書くことがあふれ出して止まらないといった感じで、実際、10000字の内容があったので、急遽ページ数を増やして収録したものでした。


ユージさんはもちろんプロの書き手じゃないので、文章はそれなりに荒れています。そこをある程度手を入れてリライトして掲載するのですが、「すごくリライトしやすい文章だ」と思った覚えがあります。


言いたいことの骨子がはっきりしているのと、使う言葉のキレがよいことが特徴でした。とくに言葉のチョイスは秀逸で、プロライターでもできないようなキラリと光る表現が必ず入っていました。だからタイトル付けなどもすぐにできました。


ところで、レッドブルウェブは専門の編集チームがいるようで、ここがちゃんと編集の仕事をしていることに感心しました(上から目線の言い方ですみません)。記事のテーマ・分量・締め切りを明確に提示し、原稿提出後はそれをちゃんと読み込んでタイトルやリードを付け、ふさわしい写真のチョイスと並びを考えてくれました。


私が書いた記事のトップ画像に使われている手のアップの写真は、本来タテ写真で顔まで写っているものだったのです(顔はピントを外してボカしていましたが)。それを「手だけのアップにトリミングしていいですか」と提案してきたのは編集部で、そのおかげでものすごく印象的なトップ画像になりました。編集部に感謝。


これ本来、まさに雑誌編集部の仕事だったのですが、近ごろここまでやれる雑誌編集部は少なくなっていて、こんなところにも時代の流れを感じてしまいましたな~。

2016年3月11日金曜日

孤高のクライマー・森田勝


ICI石井スポーツの新宿東口ビックロ店で、クライマー森田勝氏を語るイベントがあったので行ってきました。


ちょうど『PEAKS』の連載で森田氏をとりあげたばかり。使っていた道具の展示や過去の写真なども見られるというし、なにより森田氏はICIのアドバイザーを務めていた過去がある。そのICIの方が語るというので、いろいろ深い話が聞けるんじゃないかと思ったわけです。


森田氏というと、頑固一徹な偏屈クライマーの代表格のように見られています。そのイメージが強烈で、小説『神々の山嶺』の主役のひとり羽生丈二のモデルになっています。





しかし誌面でも書いたのですが、それはどうも佐瀬稔というノンフィクション作家が書いた『狼は帰らず』という本のイメージにすぎないらしいのです。


実際の森田氏はもうちょっとまともだったという人も多く、実際、イベントで話をされたICI登山学校の東秀訓氏も、「森田さんはまじめな人で、アイデアマンだった」と語っていました。


佐瀬氏の本は読ませる力があり、読み物として面白いのだけど、叙述がドラマチックにすぎて、等身大の人物像からは離れてしまう傾向があるのかもしれない。森田氏の奥さんが本をあまりよく思っていなかったというような記述をどこかで読んだ覚えもあります。人を書くというのはなかなか難しいですね。




会場には、森田氏が考案して実際に使っていた靴が展示されていました。いちばん手前の伝説のクライミングシューズ「EBスーパーグラトン」。これ、森田氏がはじめに目を付けてICIで日本に輸入し始めたそうです。知らなかった! 


真ん中と奥の靴は、森田勝考案の登山靴。真ん中は独特のシューレースシステム、奥は毛皮のゲイターが靴に直接付いているところが、森田氏独特のアイデアだったそうです。これ、東氏も言っていたけど、真ん中はスポルティバ・スパンティーク、奥は同じくオリンポスにそっくり! 森田氏に先見性があったというか、スポルティバがパクったというか・・・?


あまり記録を残していない森田氏だけに、知らない話ばかりで面白かった。ネットでたまたま見つけたイベントだったのだけど、こういうイベントもいいですね。






2016年3月4日金曜日

BEYOND TRAIL マイトリー・カルナー


『BEYOND TRAIL マイトリー・カルナー』という写真集を買いました。


トレイルランニングをテーマにした写真集で、一昨年、マッターホルンで行方不明になった相馬剛さんというトレイルランナーをテーマにしたものです。


いわゆる私家版というかたちなので、書店などでは買えません。藤巻翔という知り合いのカメラマンが作っているらしいというのは、なんとなく風の噂で聞いていましたが、先月末に完成したというわけです。


藤巻くんというのは、アウトドアスポーツに強いカメラマンで、なんというか、「熱」を感じる写真を撮る男です。その熱を通じて、被写体の心の内が聞こえてきそうな写真というのか。ファインダーを通して人の心に焦点を当てているかのような彼の写真は、私はかなり好みなのです。


写真集は、藤巻くんだけでなく、計11人のカメラマンの作品が集められています。中身も見ないうちから、これは買いだなとポチってしまいました。


期待に違わず、とにかく気合いの入った写真が並んでいました。現在の日本のトレイルランニングのベストカットがここに収録されています。私はトレイルランニングはやらないし、とくに詳しくもないけれど、それでもグッとくるとても上質な本です。3000円は全然惜しくありませんでした。




で、本を手に入れるまで知らなかったのですが、山本晃市という男が編集を担当したようです。この男、じつは山と溪谷社でも枻出版社でも、机を並べて仕事をした仲で、しかも同い年。非常によく知っている男です。本の作りにまったく素人くさいところがなかった理由がこれでわかりました。


もっぱら「ドビー山本」の名で知られている彼がこの世界にかかわり始めたのは13年前。山と溪谷社で『アドベンチャースポーツマガジン』という雑誌を作り始めたときでした。


ドビー自身はトレイルランニングなぞまったくやらないただの酒飲みなのですが、たぶんこの世界の人たちの純粋さに感じるものがあったんでしょうね。トレイルランニングなんてだれも知らないような時代から、ひとりでこつこつと雑誌を作っていました。


どマイナーな雑誌だった『アドベンチャースポーツマガジン』を、かなりな広告収入が入る雑誌にまで育て上げた末に山と溪谷社を去ることになったのですが、ドビーなきあとの山と溪谷社ではこの雑誌をうまく運営できなかったようで、ほどなくしてなくなってしまいました。


彼は自分アピールをする男ではないので、あまり知られていないかもしれませんが、現在のトレイルランニングメディアの土台を作ったのは間違いなく彼です。それは雑誌を作っただけではない。彼は人材育成にも長けていたのです。


この写真集にも名を連ねている柏倉陽介や亀田正人といった、今をときめくアウトドアカメラマン。彼らは、ドビーがいなかったら今カメラマンをやっていたかどうかわかりません。彼らが大学を出たばかりで仕事のないフリーターのようだったころ、ドビーは自宅に泊めてメシを食わせてやりながら雑誌仕事を手伝わせていました。


そのうち、どうもふたりは写真が撮れるようだと気づいたドビーは、積極的に誌面で彼らの写真を使いました。当時としては大抜擢といっていい使い方だったと思います。そこで自信をつけた柏倉と亀田は、プロのカメラマンとして活動するようになっていったのです。


このふたりだけではない。11人のカメラマンのひとり、宮田幸司もそうです。スポーツカメラマンだった宮田さんをトレイルランニングの世界に引き込んだのはドビーでした。藤巻翔だってそのひとりといえると思います。


つまり、現在のトレイルランニング写真に欠かせないカメラマンの多くは、ドビーが育てた、あるいはドビーが発見した人材なのです。カメラマンにかぎらず、ドビーはそういう、人を巻き込む力に長けた男でした。




この写真集には、13人のトレイルランナーが文章を寄せてもいます。石川弘樹、鏑木毅、横山峰弘、山本健一、望月将悟、奥宮俊祐などなど……。いずれも、ひとりでもキャスティングできれば、雑誌の特集が成立するようなトップランナーばかりです。その人たちがこれだけそろって私家版の一冊に協力しているのは、第一に相馬剛さんのためでしょうが、ドビーが手がけていなければあり得なかったことだとも思うのです。


ドビーは見た目からはあまり想像できませんが、ドラマチックなビジュアルセンスに優れた男で、彼の作る誌面はいつも躍動感がありました。この本もそうです。ジェラシーを感じます。おれもぼけっとしてられないなと刺激を受けました。


写真集の詳細はこちらに。

Fuji Trailhead

ぜひ見てみてください。






【3月14日追記】

とてもすばらしい話を聞きました。


この写真集の印刷・製本を行なっているのは、大日本印刷と三共グラフィックという会社なのですが、これは、大日本が『アドベンチャースポーツマガジン』、三共は、ドビーがアドスポのあとに枻出版社で作っていた『トレイルランニングマガジン(タカタッタ)』の印刷・製本を行なっていた会社なのです。


両社は、この写真集の趣旨に賛同し、通常ではありえない「共同印刷製本」を行なったそうです。そんなの聞いたことがない。


本というと、書き手やカメラマン、出版社ばかりがクローズアップされて、印刷業者にスポットがあたることはまずないのですが、本の制作の裏側で彼らが果たしている役割は、きっと一般の人が想像する10倍くらいあります。


とくに、写真の発色などは職人ワザといえる領域で、どこ(具体的にはだれ)が手がけるかによって、「これ同じ写真?」というくらい変わってきます。写真を生かすも殺すも印刷業者次第。それくらい重要なパートなのです。


そんな彼らが異例のタッグを組んだというのは、なにかとてもグッとくる話でした。

2016年3月2日水曜日

ウェブ記事について思ったこと

軽量・快適・機能的。多彩な顔ぶれのMILLET(ミレー)新作ライトウェイト・バックパックから目が離せない


ボケーッとネットサーフをしていてなんとなく目にとまったこの記事。「なんかまた宣伝用の中身がスカスカな記事なんだろうな」と思っていたらさにあらず。いい記事でした。


ミレーの30リットルクラスのザック3種類を紹介しており、それぞれの違いをていねいに解説しているのです。言葉をつくし、写真もちゃんと撮り、最終的にそれぞれに合った用途も提示してくれています。


これを読んで真っ先に頭に浮かんだのは「うらやましい」ということ。ひとつの道具にこれだけの文章量を尽くして説明できる場は雑誌にはほとんどないのです。通常、雑誌で道具を解説するときに確保できる文章量は、これの10分の1くらいでしょうか。


だから雑誌の登山ライターは、そのかぎられた字数のなかにできるだけの情報を工夫して入れ込もうとするのです。でもやっぱり量を尽くさないと表現できないことは間違いなくあって、その点、必要と思えばいくらでも(といってもある程度の上限はあろうけど)書けるウェブ記事はいいなあと。


とくにこの記事みたいに、似たような道具の違いを表現するには、これくらいの情報量はやっぱり必要だと思うのです。これだけ言いたいことを思う存分書き切れる量があったら気分いいだろうなあ。


そしてエラそうな言い方になってしまいますが、この記事を書いている人の説明は的確だと思いました。おそらくはミレーから提供を受けているPR記事なんだと思うのですが(ちがったらすみません)、宣伝ありきの内容ではなく、ちゃんと役に立つ記事になっています。書いているのがザックをよくわかっている人なんだと思われます(このサイトの内情も書いている人も全然知りませんが)。


ふたつ苦言を呈すると、


ひとつはタイトル。「目が離せない」というのはちょっと安っぽい……。いや、本当に「目が離せない」と思ったんなら、迷わず使えばいいと思うんです。ただその場合は、目が離せなくて興奮している熱が本文にも乗り移っているはず。この記事からはそういう熱は感じなかったので、その場合は別の言葉を探したほうがよかったのでは。中身も安っぽい記事だったらマッチしているんですが、よくできた記事だけにもったいないと思いました。


もうひとつは本文ラスト。

「ただ、メリット・デメリットというのも人によっては逆転しうる可能性もあり、あくまでもひとつの目安として、最後には必ず実際に自分で背負った感覚を大事にしてくださいね」

惜しい! 惜しいよ! 

これありがちな締め方なんだけど、いいこと書いてきながら最後がこれだと、ぶち壊しになってしまうと思うんですよ。「いろいろ書いてきましたが、結局は個々人の感覚なんで……」と言われると、「じゃあ、これまで読んできたのはなんだったの?」という感覚に読者はとらわれてしまうんです。ここは自分の意見を言い切って終わってほしかったな。


なんかえらそうですみません!