2015年12月17日木曜日

「好きな登山家」山野井泰史

発売されたばかりの『山と溪谷』1月号に、
私のアイドル、山野井泰史さんのインタビュー記事を書きました。


山野井さんには何度もインタビューしたことがありますが、今回のテーマはちょっと特殊。
山と溪谷で「好きな登山家はだれですか」という読者アンケートをしたそうで、
その1位となったのが山野井さん。
それについて本人を取材してほしいという依頼でした。


となると、「1位の感想、どうですか?」ということくらいしか質問が思い浮かばず、
またそれに対して山野井さんが面白い答えを返してくれるとも思えず、
話が広がっていかないことがありありと目に見えたので、
取材のテーマを「登山家とはなんだ」というところにシフトして話を聞いてきました。


登山家とはなんだ。


これ、けっこう難しいテーマだと思います。
人によってイメージがずいぶん違うし、社会的な認識もさまざま。


一般的には、小説『神々の山嶺』のキャラクター羽生丈二のようなイメージがいちばん強いと思われます。
寡黙で、ストイックで、ヒゲを生やしていて気難しい。
そんなところでしょうかね。


しかしそんなステレオタイプな”登山家”、現代ではほとんどいません。
とくに、一流とされる人ほど、そういうイメージから遠いことが経験的に多いように思われます。
山野井さんなんか、ふだんはへらへらしていて、どちらかというと小柄なほうということもあって、屈強どころか弱々しい印象すらあります。


それに登山家って職業なのか? という問題もあります。
「登山家」って、なんの気なしに口にするけど、その定義はなんだ?
政治家とか建築家ならわかりやすいけれど、登山家ってなんだかわからない。
今でも地方紙などで「○○市在住の登山家、××さんが△△山に登頂成功」なんて記事がたまに出るけど、その××さんは趣味で登山をやっている、登山界的にも無名のただの会社員だったりする。
社会的な認識があいまいで、面倒くさい言葉なのです。登山家って。


そういう問題意識が個人的には昔からあって、そんなところを山野井さんはどう思うか、聞きました。
山野井さんの考えとしては、山野井さんのようなクライマーよりも、もっと山を広くとらえて活動している人が「登山家」というイメージに近いということでした。
そして「登山家は職業ではない」とも言っていました。
そのへん、詳しくは記事をお読みください。


ところで、こういうインタビュー記事の場合、原稿ができあがったところで本人に一度見せて確認をとります。
これ、書き手としてはけっこう気が重い作業なんです。
人によっては、取材時に言っていないようなことも含めて猛烈に直しを入れてきて、もう一から原稿書き直したほうが早いんじゃないかというようなこともあるもので。


しかし山野井さんは、まったく直しを入れてきません。
入れてくるとしたら、私が事実関係を間違っていたときのみです。
「それは3ピッチ目ではなくて、4ピッチ目です」
みたいなこと。
ほとんどの場合はなにもなしで終わります。
今回の返事もこれだけでした。
「原稿問題ありません。今夜から三重県の最近開拓された岩に行ってきます。」


たぶん山野井さんは、自分が人からどう見られるかということにほとんど関心がないのだと思います。
だから事実の訂正はするけど、ニュアンスについてはどうでもいい。


同時に、責任のありかということについて、明確な意識を持っているのだと私は解釈しています。
自分が言ったことについては責任を持つけれど、文章をどう作るかということは書き手の責任。
そこは自分が口をさしはさむことではないと。


山野井さんのように原稿に文句を言ってこない人のほうが書き手としてはラク……
と思えるのですが、実際は逆で、こちらのほうが書くときに緊張します。
「僕は自分の役割は果たしたよ、あなたの責任はあなたでしっかり果たしてね」
こう言われているような気がして、ヘボな文章は書けないなと気が引き締まるのです。


山野井さん自身は、自分がなんで1位になったのかよくわからないと言っていたけれど、
こういう清々しさが、私が山野井さんのファンである大きな理由であり、
また、「好きな登山家」アンケートで票を集めた理由のひとつでもあるはずなのです。絶対。






2015年12月10日木曜日

アディダス・ロックスター

今ごろですが、ただいま発売中の『PEAKS』12月号(1月号が12月15日発売なので、発売期間はあと4日!)に、9月末のドイツ取材の記事を書いています。&撮っています。


取材したのは、アディダスが主催する「ロックスター」というボルダリングコンペ。
この手のコンペとしては、世界でも最大規模で、近年注目されているコンペです。


確かに、徹底的にショーアップされていて、イベントとしての完成度はとても高いと感じました。

・会場は横浜アリーナみたいなところ。傾斜のある観客席なので、どこからも見やすい
・照明や音楽が洗練されている
・セット替えの時間にはアマチュアコンペやダンスパフォーマンス、ライブ演奏などがあって飽きさせない
・1位と2位の優勝決定戦(スーパーファイナル)は、同じ課題を同時に登って先に完登したほうが勝ちという方式。見ている側に誰が勝ったかわかりやすい
・充実したアイソレーションエリア。そもそも「アイソレーション」という言葉は「隔離」という意味があって選手を囚人のように扱っているかのように連想させるので、アイソレーションという言葉自体を使っていない。「アスリートラウンジ」と呼ばれている


ワールドカップなども運営がずいぶん洗練されたとはいえ、ロックスターに比べれば地味な感じがしました。
こう言うとクライミングの見世物化とも聞こえるのですが、これは選手自身が望んだスタイルとのこと。実際「この大会は選手の扱いが抜群にいい」という声を選手から聞きました。だから出場したのだと。
粛々と行なわれるコンペより会場が盛り上がる大会であってほしいとも。


今回はアディダスが経費を出してくれている取材なので、話を聞いた人はポジティブなコメントしかしないのは、まあ当たり前。
ただ、そのへんを割り引いてもよくできたコンペイベントだと思いました。
記事も、この手のタイアップ取材ものにしてはほとんど自由に作らせてくれて、納得いく仕上がりになりました。


今回は撮影もわたくし。
監督・脚本・撮影=自分みたいな記事です。
文章よりも写真のほうが出来がよく、むしろそっちを見てほしかったのですが、
スペース等の都合で載せられなかったものがたくさんあってもったいないので、ここに載せておきます。


adidas ROCKSTARS 2015




2015年12月4日金曜日

ROCK & SNOW no.70

この登攀に心動かされないなら、君はクライマーを名乗る資格はない。

戻れるところともう戻れないところの一線を越えるときがあるか、ということだよ





印象的な言葉がたくさんありました。
きょう発売の『ROCK & SNOW』は充実してます。


表紙は、瑞牆モアイフェースを登る倉上慶大。
今年見たクライミング写真のなかでベストショットかもしれない。
中面にも、これクラスのすごい写真がもう一枚載ってます。
この2カットを見るだけでも買う価値があります。
くそー、おれもこういうの撮りたい。


以前ブログに書いた例のルートが完登され、その記録が載っています。
事実関係についてはほぼ知っていたので新たな驚きはありませんでしたが、
瑞牆クライミングガイドを作った内藤直也さんの原稿は必見。
内藤さんの興奮と感動が手に取るように伝わってくる名文です。


瑞牆モアイフェースの記事以外もバラエティに富んでいて読み応えあり。
ガスライター(本業ガス屋+パートタイムライター)の大石明弘くんもたくさん記事を書いています。
そのなかで、ソニー・トロッターが言ったというこの言葉にはっとさせられました。


「下のプロテクションが効いているか、ビレイヤーがしっかりビレイしてくれているか、あるいは8の字が結ばれているかまで確認するクライマーがいるよね。少なくとも、それはダメだ」


私のことでしょうか……。


いや、私はそんなもんじゃなく、ロープの流れに足を引っかけないか、フォールラインに突き出た岩はないか、今つかんでいるホールドは欠けないか、まで入念に確認します。
そんなことをぐずぐずしているうちに、腕が疲れて落ちてしまうというわけです。
人生の核心にはわりと考えなしにプアプロテクションで突っ込んでしまうのですが、クライミングに関しては異常に慎重派なのです。
だからあんたはうまくならないんだとトロッターにずばり指摘されてしまいました。